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(C)2007 LEGENDE-TF1 INTERNATIONAL-TF1 FILMS PRODUCTION OKKO PRODUCTION s.r.o.- SONGBIRD PICTURES LIMITED
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エディット・ピアフ 愛の讃歌 |
監督・脚本■オリヴィエ・ダアン(『いつか、きっと』)
撮影■永田鉄男(『ナルコ』)
出演■マリオン・コティアール(『ビッグ・フィッシュ』)
■■■ジェラール・ドパルドゥー(『グリーン・カード』)
配給■ムービーアイ
公式HP こちら
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Bravo!! 思わず立ち上がって拍手したくなるような、見事な見事な映画。仮にエディット・ピアフのことを全く知らなくても、この波乱に満ちた劇的な、あまりにも劇的な生涯には引き込まれずにはいられない。
いやはや、何を差し置いても主演のマリオン・コティアール、ここまで凄まじい女優とは思いも寄らなかった。シネマシティテークでも取り上げた『プロヴァンスの贈りもの』の時は、気の強いちゃきちゃきとした地元娘を演じてとてもチャーミングだったが、今作では強烈なエゴと神に選ばれし才能がぶつかり合って火花を散らす、破滅型天才人格をほとんど完璧に演じ切っている。
一世一代の大芝居、なんていうアナクロニズムな言葉しか思い当たらないほどの身震いするような役への入り込みように、まさに伝説的人物とはかくありなんという求心力が確かに生まれている。
物語はピアフの貧しい少女時代から、歌い始めたころの娘時代、歌手としての絶頂期、そして晩年を、現代の作品らしく自在に交錯させて語られていく。コティアールは20歳くらいから以降亡くなるまで(47歳で亡くなっているが、見かけは80歳ほどに見える)を演じているのであるが、順に変わっていくのではなく、はつらつとはしゃいでいた次の瞬間には、髪も乾燥して腰も曲がったような老境の場面に移るため、そのギャップの起伏に観客は翻弄される。
コティアールは31歳、そして監督・脚本のオリヴィエ・ダアンもまだ40歳という、大変に若いクリエイターによって作られていることにまた驚く。ピアフの没したのは1963年。2人はまだ生まれてもいない。
フランスでは10人に1人観たという特大ヒット。アメリカでもアカデミー賞の有力候補に挙がっているという。 |
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伝記映画となると、どうしても構成は似たものになってしまうものだ。まずは冒頭に最盛期、絶頂期の場面が来て、つぎに不遇の少年時代、やがて成り上がっていく興奮に高まり、成功に奢って、没落。ここで終わるのもあるが、後半、再起を賭けてまた闘い、復活。大体この流れである。これが一番観客にとっても気持ちいいパターンである。
ところが、今作で監督のダアンはその構成を取るのをやめた。これは大変に危険な賭けである。時代を行き来するなら定石としては回想というカタチを取るものだが、それも否定した。
ダアンが取った方法とは、ピアフの人生を俯瞰して捉えることだった。そしてバラバラにして適宜に組み替えた。だからカメラはピアフの心の中にムリに入り込まない。その生きている姿を捉えるだけなのである。
結論からいうと、ダアンはこの賭けに勝ったと言えよう。酒と麻薬に溺れた傲慢な天才の傷つきやすい繊細な心を描くという、凡才が撮ればテレビドラマの過ぎたセンティメンタルの大衆性に堕してしまう危険のある題材を、抑制の効いた知的な作品へと昇華させた。
また
観る者を唸らせる実験的ともいえる演出が随所に出てくるが、しかし鼻につくことはない。それが物語の核とがっちり結びついていて単なるスタイルだけではないからである。
とりわけ、ピアフの人生における最大事件である、飛行機事故で恋人を失いながら「愛の讃歌」を歌うというあのエピソードの場面の演出は、観客の想像の遥か上を越えて、あまりに素晴らしい。
これこそが、歌い手。そしてこれこそが、映画、という名場面である。必見。
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上映時間は>こちら |
『ワルボロ』 『包帯クラブ』
『アーサーとミニモイ』(字幕)吹替は継続
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『サウスバウンド』 『未来予想図』
『ローグアサシン』PG-12
『白椿』 『パンズ・ラビリンス』
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vol.26 『ネバー・エンディング・ストーリー』ファンタジーとは何か? |
僕はあまりファンタジー作品(映画に限らず)は得意じゃない。
ファンタジー作品ファンにとっては、それこそが魅力である創作世界のディテイル、例えば言語や生態系や文明や魔術や武具についての設定にフェチがないからだ。
だから、そのフェティシズムを満たすことがメインに作られているモノには、なかなか入りこめない。これはコンピュータや宇宙や未来について描かれたSFについても同じだ。僕が愛するのは細部ではなく、構造なのである。
そんな僕を子供のときからいまだ捉えて離さないファンタジー作品が『ネバー・エンディング・ストーリー』。当初、黒澤明が監督することで、原作者ミヒャエル・エンデが映画化を了承したとも聞く、西ドイツ・イギリス映画。
原作「はてしない物語」を読んでから観ると、結末など作品の意図を大きくハズしてしまっていてイタい部分も多いが、まあ観たのは8歳とか9歳とかそのくらいだったから、そんなことは少しも気にならなかった。
『ネバー・エンディング・ストーリー』が僕の中で飛び抜けて素晴らしく思えるのは、「ファンタジーとは何か?」という問題を扱っているからだ。もっと言えば「想像力」とは何かについて、考え抜かれているからなのだ。
ご覧になってない方のために簡単にストーリーを説明する。いじめられっ子の少年が、古本屋で一冊の古い本と出逢う。2匹の蛇が互いの尾を加えている紋章が表紙につけられた、赤い革表紙の本。その題名は「はてしない物語」。少年はどうしてもそれが読みたくて、店主の隙をみて持ち帰ってしまう。
学校をサボって、少年はその本を読み始める。それは古い王国を救うために旅をする少年の物語なのだが、奇妙なことにその本が読んでいる自分に呼びかけてくるのである。あきらかに自分の名が本に記されているのを見て、最初は怯えて疑っていた少年も、ついに本の中の王国に召還される。
王国の名はファンタージェン。王国は崩壊の危機にあった。その世界が「虚無」に侵食されて少しずつ消えかけていたのである。人間が想像する力を失ったのがその原因であった。ファンタージェンを救うために、いじめられっ子バスチアンと選ばれし勇者である少年アトレーユは一緒に冒険の旅に出る。
当時、ヒマさえあれば本を読んでいた僕に、この設定は効いた。本の世界から呼ばれ、本の世界で自分が主人公になって冒険に出る。これ以上の至高の体験がほかに考えられるだろうか。想像力が失われて世界が滅びようとしているんだって? まかせてよ、僕が百人分の想像力で片っ端から世界を作っていってやる!
ファンタージェンを救う方法は「おさな心の君」と呼ばれる王女(この役をやった少女のあまりの美しさに今作は世界中でヒットしたのだと僕は思っている。それほど素晴らしかった)に、名前をつけること。つまり、名前をつける=世界を再創造することなのだ。王女はイコール世界なのである。この王女を救うことで世界を救うのだ。
この構造はあらゆるファンタジーに援用されていて、例えば宮崎作品の多くがそうなっている(『ルパン三世 カリオストロの城』『天空の城ラピュタ』など)。
そしてバスチアンは旅の試練を越えて、いじめられっ子から勇気ある少年に成長していく。空想の世界で、心の強さを得る。空想の世界に入り込むのは、過酷な現実からの逃避行動でもあるが(原作「はてしない物語」の第2章ではこのことについて書かれる)、そこからしか得られない強さというものも確かにある。
この構造を持った作品を、僕はファンタジーとして愛する。
現実世界は、困難や不条理に満ちている。現実は、ただ起こるだけである。バラバラに起きる出来事を、しかし人は想像力で結びつけ、物語にしようと求める。人はただ漠然と「在る」ということに耐えられないのだ。
夜空の星の散らばりに耐えられず、それで動物を、英雄を描いてしまう。そこにストーリーを付与して、さらにそのバラバラのストーリーを集めて体系化すらしてしまう。
突然愛する人が死んでしまった不条理に耐えられなくて、天国のストーリーを用意したり、あるいは先祖の業が影響したというストーリーをつけざるをえない。例え遺伝的形質、なんていう医学用語を使っても、それすら変質したストーリーにすぎない。
人は物語を求める。
もはやこの意味においては全ての映画はファンタジーである。例えドキュメンタリーであっても。
でもそれではジャンルとしての定義ではなくなってしまうので、ここではファンタジーとは「物語」についての映画だ、としたい。
今週末始まる『パンズ・ラビリンス』は、その点、この構造を完全に理解して作られている。つまり描かれているものは「幻想」ではなく「現実」のほうなのだ。「現実」を描くために「幻想」を素材としているということを忘れてはならない。
「ファンタジーとは何か?」あなたもぜひ、そういう問題を頭の片隅に置きながら、ご覧になっていただきたい。
…もちろん、ディテイル派の方も満足な素晴らしいビジュアルイメージも兼ね揃えているのでご安心を。なんといっても、そのへんはギレルモ・デル・トロなんで。
『パンズ・ラビリンス』(C)2006 ESTUDIOS PICASSO, TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ
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『あるスキャンダルの覚え書き』を皮切りに、だんだん波に乗ってきた『シネマシティテーク』。興業的に当たった作品もあれば、そうでない作品もあったが、今まで都下に降りてくることがほとんどなかった作品たちを上映できたことで、シネマシティをまたワンステップおもしろくできたのではないかと思っている。
このシネマシティテークの作品選定を、10月から正式に剛山が担当させていただくことになった。今までの作品もうるさく口を出していたのだが(笑)、面倒くさがられたのか、city3を専門館みたいにして使え、というような流れになったのだ。
というわけで、じゃあ、アレもコレもと選んで、配給会社にお願いして、気づいたらどう考えても2スクリーンをフルに使う本数に(笑)。そんなの、僕のような人間に任せるほうが悪い(笑)。
この間『題名のない子守歌』と『オフサイド・ガールズ』を観に、銀座シネスイッチとシャンテ・シネに出かけたのだが、そこで流れた予告編が『タロットカード殺人事件』『呉清源 極みの棋譜』『ヴィーナス』『4分間のピアニスト』とシネマシティで上映予定の作品ぞくぞくなのである。思わず深く頷き、またひとつ夢が叶ってしまった、と自己陶酔(笑)。
もちろん他館さんも差別化に必死だから独占して掛けたいわけで、何もかも好きな作品を上映出来るわけではないが、少なくとも観るべき価値のない作品には「絶対に」テークのレーベルはつけないので、信用して観に来て下さい。
ただ作品選びにはちょっとは自信も持てるのだが、なにしろ興行的に成立させる自信はまったくないので(笑)、本当はビクビクしながら選んでいるのだ。だからせめてSEEK読者のみなさんは全作ご覧下さいね(笑)。いや、ホント、良作ばかりですから。
他にもこういうサービスがあったらいいとか(割引き以外。良いものは安くないのです)、こんな作品観たいとかありましたら、SEEK宛てにメール下さい。ただ公開までに2ヶ月くらい余裕がないと難しいです。
ぜひ一緒に立川にカルチャーを創りましょう!
今のところは銀座や渋谷や新宿に成績は完敗だが、立川には立川のスタイルで成功する道が必ずあるはず。
驚くべき短期間で「街は変わる/変えられる」ということを立川周辺エリアの方はよくご存知なのですから。
表紙の顔 |
三輪明宏。『エディット・ピアフ 愛の讃歌』絶賛上映中。越路吹雪ではなく三輪さんなのがヒネリなのか? シャンソン。
ちなみに三輪様はご存知の方も多いと思うが天草四郎の生まれ変わりだそうです。
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