
僕の「万年筆物語」その5
すごく久しぶりにまた万年筆の話を。
デスクペンに、パイロットのボーテックス、LAMYのサファリなどの廉価なモノを経て、ついにちゃんとした「金ペン」(ペン先が18金でできているもの。柔らかさが違う)を購入したのである。最初のペンは「クロス」の「タウンゼント スターリングシルバー」であった。ペンは金で軸は銀というとなんだか成金趣味みたいだが、キャップのなだらかなアールデコっぽい流線型デザインが優美かつ(僕にとっては)どことなくユーモラスなのがいい。
僕がコレに決めた理由はいたってシンプル。詳しい方ならすでにニヤリとされてるかも知れないが、クロスのペンはなぜかインターネットで上手く探すと、定価の半額くらいで買えるのである。
まだアルバイトだった僕が、定価5万円のペンを手にできるとすれば、これしかなかったのである。金ペンで、かつスターリングシルバーのこの抗いがたい魅力! そして軸に細く入ったストライプのインテリジェンス。ペン先に入った模様の優美。
もうダメだ! 万年筆は個体差が激しいから、必ず試し書きしてから買うべし、なんて掟は知らなかったことにしよう!
もうこれさえ手に入れられれば、人の心を震えおののかせる、すごい小説が書けるに違いない。人一人窒息死させるほど爆笑のエッセイが書ける自信がわいてくる。このペンさえあれば、人生の何もかもがうまく回り出す気がしたのだ。車を買えば、女の子がわさわさ寄ってくると考えるバカな若者の心理とまったく同様である。
結論から言って、そのようなことはひとつも起こらなかった。スゴい小説も、シナリオも書けずじまいだし、誰かを爆笑エッセイであの世へ誘うこともまだできていない。
それでも、このペンにはひとつだけ、物語がある。
それは国立の大学通りにあるモスバーガーで原稿を書いていたときのこと。このモスバーガーは実験店舗で、モスが新しいことを始めるときにはこの店からスタートさせるのだ(全部じゃないだろうけど)。うさぎのミッフィの産みの親、ディック・ブルーナのイラストが店内にあふれていて、素敵な感じ。…全然この話とは関係ないけど。
で、僕はこの店に何時間もいる迷惑なお客の一人だったわけだ。茶色のインクを入れたタウンゼントをキラキラさせながら一人悦に入っているという大変にマニアックなスタイルで執筆を進めていたのだが、ちょっとペンを置いて気を抜いた瞬間に、ふたつ並べたテーブルの隙間にペンが落ちてしまったのである。
青ざめてすぐに拾ったのだが、これが無惨にもペン先が曲がってふたつに割れたようになってしまったのだ。…なんてことだ。18金だよ。
執筆に行き詰まっていたこともあって、僕は惨憺たる気持ちで、店を出た。
次の日、すぐに伊勢丹の丸善に持って行った。そして衝撃の事実。修理代2万5千円也。僕はそのとき初めて知ったのだったが、
万年筆というものはペン先だけで全体価格の半分もするものだったのだ。つまりこれ、ほぼ買った値段である。
大変に落ち込んで、しかし、一度出会ったペンをこのまま見捨てるわけにはいかないという義侠心から修理をお願いした。
仕方なくまた廉価なペンに持ち替えて執筆を続けたが、安いペンから生まれるものは安い文章にしかならず、結局その原稿は上手く仕上げることができなかった(我ながらひどい言い訳)。
なぜ仕上げられないのだろう? 僕は「選ばれし人間」じゃなかったのか。勝手に肥大した自我と、現実の結果との差違に自己嫌悪に陥ったまま、1週間がまたたく間に過ぎた。
財布に2万5千円を入れて、修理が終わったペンを取りに行く。
姿を取り戻したペンを見れば、少しは気が晴れるかも知れない。受付の紙を出し、こちらでお間違いないでしょうか、と見せられたペンは、新鮮に輝く、真新しいペン先と交換されていた。
一度曲がったペン先はそう簡単に元に戻せるものではないのだろうか? 少しもインクの汚れのない美しい金色と銀色が絡み合ったペン先をうっとりと眺めながらしかし、すぐに直面せねばならない「現実」の用意をした。
間違いありません、とうなずくと、一枚の紙を渡された。その修理票には「ペン先交換」と書いてあった。そして、その下段にはなぜか0円と書かれてあった。
「え? あの、これ…」
「クロスの商品は、永久保証なのです」
そんなバカな。僕はちゃんと落としたからこうなったことを説明したのだ。どこの保証が過失による破損を含むというのだろう。あくまで機構上の永久保証のはずだ。
「あ、でも…」
「お代は結構です」
どんなときでも、素晴らしいことは起こるものなのだな。そんなチープなことを考えながら、すっかり幸せになってしまった。クロスさん、ありがとう。もうクロスのペンしか買わない。僕はもうずっとクロスを使い続けることにする。そう、永久使用だ!
=終=
次回予告:2本目の万年筆 パーカー フライター75 スターリングシルバー
表紙の顔 |
ガッツ石松。映画監督、俳優、元ボクシング世界チャンピオン。現在上映中『五重塔』主演。ガッツさんには12日(土)シネマシティに舞台挨拶にいらっしゃっていただいた。「OK牧場!」だけでなく「OK農場!」も生で聴くことができて大満足。実はガッツさん映画監督としての顔ももつ。『カンバック』。阿部穣二原作、倉本聰脚本原案、そして音楽は久石譲という超豪華スタッフ。「ガッツ石松のホームページ」には、『カンバック2』乞うご期待、とあるが、とんと話は聞かない。ぜひ監督としてもカンパックしていただきたい。
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