今回も期待されていたテーマではございませんが、リクエストもいただきましたし、前回取り上げた『ALWAYS三丁目の夕日』で時代を象徴するかのように出てきた“東宝スコープ”マーク。そうあの時代に東宝スコープでつくられた映画を一本ご紹介してみたいと思います。
映画館=ショービジネス。一見華やかなイメージがありますが、華やかなのはたくさんのお金を投じてつくられた“映画”そのものであって、それを出し物とする私たちの仕事はひたすら地道なものと言えます。そういう視点で見てみると“バー”もまたしかり。どんなにお金がかかった映画をかけても、どんなに高級なお酒と美しい女性を揃えてもお客様の嗜好をくすぐれなければ商売あがったり。つまりは同じ“水商売”の関係にあるのです。
「三丁目の夕日」でまるで夢と希望の象徴のようにあしらわれていた“東宝スコープ”マークですが、その冠がついていた映画のすべてが夢と希望にあふれていたわけではありません。「女が階段を上る時」は“東宝スコープ”マークも白黒。一見華やかな夜の世界“バー”を舞台にひたすら厳しい現実が描かれるのです。
私がこよなく愛する高峰秀子さんが演じるのは高級バーのマダム。でも実体は営業サラリーマンと同じで売り上げが落ちるとオーナーに責められるいわゆる雇われマダムなのです。
女ひとり。厳しい現実を打開するには自分の体を武器にすればいいことは百も承知でも、夫が死んだことがこの世界に入るきっかけだったマダムはそこまで割り切ることは出来ずに正当な営業をもって状況を立て直そうとするのですが、やってくるのは今の季節の東京のつめた〜い風のように厳しい現実の波状攻撃。この男(ひと)が自分を幸せにしてくれるはずだと思って抱かれても裏切られ、試練に耐えるかのようにバーの階段を毎日上ってゆかなければならないお話なのです。
基本的には映画館には華やかな出し物が要求されるはずの時代にこんなに辛辣で、タイトルも階段を上っているのにこんな逆説的な映画をつくっていた成瀬巳喜男監督は生誕 100 年でいま再評価の最高潮で迎えられています。
映画は見ている間の虚構を楽しむという考え方もありますが、そんなことを許してくれない成瀬監督の作品がなぜこんなに再評価されているのか?それはこんなに豊かになったのに 30 年前も今も変わらないものは変わってないじゃないのと諭されてしまうからかも知れません。
みなさんも気がついてみれば毎日同じことを繰り返さないと生きてゆけない立場は同じ。その憂さを晴らしに訪れたはずの映画館で自分の現実を映し鏡のように見せられるのもまた虚構という訳です。
また映画館でお会いしましょう。
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女が階段を上る時
■レンタルリリース:レンタル中
■発売元:東宝
■販売元:東宝
(C)1960 TOHO CO.,LTD. 111分/1960年度(昭和35年)作品
監督:成瀬巳喜男
脚本:菊島隆三
出演者 高峰秀子/森 雅之/団 令子/仲代達矢 |
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