(C)2007 KM Culture co, ltd All Rights Reserved/KM
 

カンナさん大成功です!

監督■キム・ヨンファ
原作■鈴木由美子(「カンナさん大成功です!」)
音楽■イ・ジェハク
出演■キム・アジュン
■■■チュ・ジンモ(『武士-MUSA-』)
配給■ワーナーブラザーズ映画
公式HP




 
 女子注目! コレは掘り出しモノッ!

 『白鳥麗子でございます!』の鈴木由美子原作の大ヒットコミックを韓国が映画化。
 日本でもやたらと作られるコミック原作映画だが「ま、映画にしたらこんなモンでしょ?」的な作品がほとんどなのに比べ、韓国はよくやった! やっぱり勢いのある国はスゴいね。整形王国の悪名高いところを逆手に取った自虐ネタ(笑)。

 マンガをただなぞっただけのモノとは一線を画し、原作にはない「整形前」のシーンをたっぷり見せて堂々の「シンデレラストーリー」を展開。生まれ変わった自分と偽りの自分という、最近なら『プラダを着た悪魔』でやった骨組みを使って、全身整形というもっとエキセントリックな題材にして観る者を引きつける。

 ヒロインのキム・アジュンは「本当に整形していない」という高いハードル(笑)を突破してスクリーンデビュー。美貌はいわずもがな、歌唱力も見事だし、コメディ演技もしっかりできる演技力ももっている。痩せてからも今までのクセで、ちょっと腕が上がりがちに歩くところなんか上手い。ルックスも才能もあるってのは、この物語の主要登場人物たちに呪われそうな感じだが、まあ現実ってそういうものだ。
 ヒロインの恋のお相手には、新庄選手をほうふつとさせるイケメン、チュ・ジンモ。ルックスよりも心が大事とか心にもないことを(笑)しれっと言って説得力がある、ファンタスティックな音楽プロデューサーを好演。 
  『ラブソングができるまで』なんかがお好きな方は、お見逃しなきよう。これは楽しいよ!
 
 



 

 韓国映画の隆盛もさすがに市場の成熟や、製作費の高騰などの問題が噴出してきて、そうそう右肩上がりばかりとは言ってられなくなったようだが、とはいえ、今作のような「きっちりとしたエンタテイメント」を見せられると、さすがと思わざるを得ない。

 日本映画は市場が大きく、国内で利益を上げることが「出来てしまう」のが時に問題にされるが、韓国映画は、市場規模(総興行収入は日本の約半分)からして国内だけで成長を続けるのは困難なのだ。なので輸出をあらかじめ視野に入れて製作を「せざるを得ない」というところがある。

 このベクトルの違いは大きいのではないか。

 例えば日本映画で同じような女の子のステージものであった『バックダンサーズ!』と本作とで使われた楽曲の比較をしてみるとよくわかる。
  『バックダンサーズ!』は出演のhiroや倖田來未の楽曲を使っているが、本作はジャネット・ジャクソンの「miss you much」に始まって、ベン・E・キングの「stand by me」 ブロンディの「maria」などアメリカのヒット曲を織り交ぜて(もちろんカバーだが)ローカルの枠を越えようという意思が感じられる。

 笑いのネタも、アメリカ映画のようにごくごく単純な見た目でわかるもので、ひねったり不条理だったりユルかったりの、日本人にしか通用しないようなものはない。日本の笑いはとても高度だと思うけれど、内側に向かっているのは否めない。

 何も海外に向けて作る必要はないと思うが、鎖国的に内側「だけ」を向いて作り続けるのもどうか? …とても上手く出来ていたので、そんなことまで考えさせられた1本だ。
  

★写真をクリックで公式HPへ。 変更の可能性あり。 上映時間は こちら
〜12/21(Fri)
 

バイオハザード3
20日(木)まで

マイティ・ハート
20日(木)まで

ボーン
アルティメイタム
20日(木)まで

Yes!プリキュア5

エクスクロス
PG-12
   

ナンバー23


〜12/27(Thu)

終了作品なし

12/21(Fri)〜
 


ナショナル
トレジャー2
(字幕/吹替)

12/28(Fri)〜
 


再会の街で

エイリアンズ
VS.プレデター


メルマガ形式で情報提供! ぜひご登録を。上のバナーをクリックして下さい。


皆さん早くいらっしゃって下さいよ! 宮崎駿監督の人生を変えたこの一本。

随所に笑いを散りばめながら、真摯な友情のドラマが繰り広げられる秀作。

祝ゴールデングローブ賞2部門ノミネート。アメリカ映画の良心を見る、珠玉の小品。
vol.3 『アイ・アム・レジェンド』


  【注意】ネタバレあり。原作は何度も映画化された古典的作品のため、公開中ですが内容に踏み込んでいます。オチはバラしてません。


  この世でたった一人自分が生き残った時、どう生きるか。


  …んーどう生きよう。

  現実離れしたこの問題に即答できる解答手段を私は持ち合わせていない。無論これをご覧になっている皆様も途方にくれてしまうことでしょう。そんな状況に陥った場合の指針となるのが今回紹介します映画『アイ・アム・レジェンド』です。サバイバル技術網羅集です。

 おっと、コーナーの主旨が変わっていますね(笑)前回同様、原作を基盤とし、映画との相違点、映画版の見所などを紹介していきたいと思います。

 原作はアメリカのSF作家リチャード・マシスンが1954年に発表したデビュー作『地球最後の男』。SF長編小説であります。しかし、すでに絶版だったため、私が読んだものは、「地球最後の男」が、映画化に伴い、タイトルを変更、尾之上浩司氏の新訳で早川書房から2007年11月に発行された『アイ・アム・レジェンド』です。

 舞台は1970年代。新たな世界大戦が終息した後のアメリカ。謎の疫病の蔓延により、大勢の人々が亡くなってしまう。しかし、それはただの疫病ではなかった。埋葬された感染者はウィルスの作用で生き返り、吸血鬼となって新たな生き血を求め、まだ生きている人々を次々に襲いだしたのだ。襲われた人々も感染し、やがては吸血鬼となって夜の街を徘徊するようになる。人類は滅亡してしまったと思われたが、荒廃した都市の中に一人佇む男の姿があった。彼の名はロバート・ネヴィル。人類最後の生存者であった。夜な夜な自分の生き血を求めて迫り来る吸血鬼の魔の手から逃れる為に、自宅に籠城し、孤軍奮闘していたのだった。やがて知る事実。ラストには驚きを隠せない展開が読者を待ち構えている。

 …すごい設定。どうします?この絶望的な状況。もし自分がこの状況下に投げ込まれたら…。恐怖で明日が見えません。助けて。

 さて、原作では1970年代の設定で、疫病感染者は吸血鬼となり、主人公のネヴィルは自宅に立てこもって吸血鬼との攻防を繰り広げている、といった具合ですが、映画版での時代設定は2012年。近未来ですな。
  舞台となる都市はニューヨーク。原作では具体的な都市名は出てきませんが、作中に出てくるストリートや、街の名前を調べてみたところ、ロサンゼルスだと判明いたしました(アメリカの方ならすぐに分かるのでしょう)。
 この変更点についてはっきりとは言えませんが、アメリカの象徴と言えば自由の女神、そして世界経済の中心地であるニューヨークを、壊滅、荒廃させることで、自国を始め、あらゆる国の映画鑑賞者に「人類は滅亡してしまったのだ」という現実感を掴ませる為ではないでしょうか?さらに、映画版も原作と同様、「疫病の蔓延によって人類が滅んでしまう」という設定です。そしてその疫病はマンハッタンから徐々に感染の規模を広げていくわけですが、封鎖、または隔離の映像描写がしやすいようにニューヨークを選んだのではないでしょうか。
 
 では、吸血鬼はどうか?原作では姿、形は人そのものです。さらに吸血鬼ということで彼ら特有の弱点が存在します。それは、作中でもネヴィルが参考に読んでいる、ブラム・ストーカーが書いた、かの有名な『吸血鬼ドラキュラ』で記述されていたもので、ニンニクに弱い、十字架に弱い、木の杭を心臓に打ち込めば死ぬ、そして太陽の光に弱いということです。(実際にネヴィルもその弱点が効くのか、作中で試す場面があります)。これらの吸血鬼の弱点は皆様も聞いたことがあるのではないでしょうか?

 「えー、伝説上の吸血鬼相手ですか?ちょっと冷めるわー」とお思いになる方もいるかもしれません。私も物語の序盤でこの文章を読んだ時にそう思いました。
  ですが、その弱点にもちゃんとした理由があり、ネヴィルはそれを科学的、医学的に解明しようと努力します。しかし、原作のネヴィルは「工場勤務の職員」としか示されていません。そのため、その手の方面の知識を得る為に、昼の間に近くの図書館へ出向き、専門的な知識を身に付けていくのです。ところが、映画版ではネヴィルは軍の科学者という設定。おそらくこれは始めからネヴィルに知識を与えておき、物語の展開をスムーズにする為でしょう。

 話がずれましたが、映画版での感染者は吸血鬼という感じではなかったですね。どちらかといえば、「バイオハザード」に出てくるようなゾンビの印象が強いですね。人の形をしてはいますが、姿は程遠く、肌がケロイド状で、テュルンテュルンしてます。全身にスライムをぶちまけた感じです。怖さと気持ち悪さMAX。当然、ニンニクや十字架を掲げるたり、木の杭を心臓に打ちつける、といったシーンは出てきません。ただし、日光に弱いというのは共通しています(両作品とも日中は日が差し込まない薄暗い場所で、日が暮れるのを待っている)。
  さらに原作の吸血鬼よりも、映画版のゾンビの方が知能が高めのように思えました。ゾンビへの変更点については、最近のホラーもののブームがゾンビだからでしょう。吸血鬼はその対処の仕方からみても、映画版のような近未来都市のような舞台にとっては、いかんせん地味でちょっと古臭すぎますからね。

 主人公が暮らしている家も原作とはやはり違います。原作では徘徊している吸血鬼を自宅に侵入させないように、窓を木の板で打ち付け、その周囲にスライスしたニンニクを吊るすといった防衛策しかありません。一方、映画版ではまだ敵には自宅の場所はバレていません。ですが夜になると、念のためにすべての窓を鉄格子で塞いだり、地下室にそれなりに充実した機器を揃えた研究所があったり、と完全にアナログとデジタルの差があります。

 さらに注目すべき点は、犬の存在。映画版では最初から、とても賢く、飼い主に従順な「サム」というシェパード犬とともに暮らしています。何をするにしても、ウィル・スミス演じるネヴィルと一緒で、ネヴィルの方もサムにしょっちゅう話しかけます。寂しさを紛らわす為ではなく、本当の友のように話しかけています。原作でも犬の描写はありますが、最初からずっと登場するわけではありません。これも私の推察ですが、犬に終始話しかけるシーンを盛り込むことで、主人公の孤独さを逆に強調させていたのではないでしょうか。

 以上のことのように大まかな変更点を比較してきましたが、やはりラストシーン、もとい、タイトルの意味がなすものが全くもって別の方向に働いています。これにより、作品のテーマが大きく変わっています。テイストもやはり近現代と近未来の話なので、生活レベルでの変化の描写が否めません。例えば、映画版では、昼間、暇な時間帯にはCDショップに出向き、CDやDVDを家に持ち帰って見ていたり、PCを駆使して、実験の模様をリアルタイムで記録していたりといった感じです。原作では前者がレコードでしたし、実験の際に使用していたのは主に顕微鏡でした。ラストシーンの相違は是非とも皆様の目で確認してほしいものです。

 長々と書いてしまいましたが、最後に原作を読んでみた上での、映画版の見所はやはり、最先端の映像技術による、荒れ果てたニューヨークの風景と、ゾンビの棲家に迷い込んだ際のウィル・スミスの恐怖に怯えた演技。これには見ている方も緊張感と得体の知れない恐怖がひしひしと伝わってきました。

  さらに主人に仕える従順な犬サムにも心を震わされました。そして、一人で血清を作りだそうとする科学者としての苦悩や、家族との想い出、ゾンビとの迫力のあるバトルは、小説を読んだだけでは想像できないものです。荒廃したアメリカの都市の想像なんて、日本人なので全く思い浮かばなかったですしね。アハハ。映像を通して理解できる描写の素晴らしさを今回は再確認いたしました。

 そして何度も言いますが、タイトルにもなっている『アイ・アム・レジェンド』。原作版と映画版では違います。どう違うかは皆様の目でご確認ください。

 それではまた次回会いましょう★

 P.S.長さの都合で、割愛させてもらいましたが、実はこの作品、映画化が本作を含め三度目(映画界の定説では四度目)なのです。1964年に公開された、監督シドニー・サルコウ&ウバルトラゴーナ、主演ヴィンセント・プライスによる『地球最後の男』、1971年に公開された、監督ボリス・セイガル、主演チャールトン・ヘストンによる『地球最後の男 オメガマン』、そして2007年、フランシス・ローレンス監督、ウィル・スミス主演で公開中の『アイ・アム・レジェンド』の三本が直系ですね。映画界の定説を入れるのであれば1967年に公開されたジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』だということです。どの作品もレンタルショップに行けば貸し出ししているものなので、興味を持った方は是非拝見してみて下さい。ちなみに私は未見です。すみません(汗)


アイ・アム・レジェンド

リチャード・マシスン 著
尾之上 浩司 訳
早川文庫刊
660円


(C)2007 Warner Bros. Entertainment Inc.



 とっても面白い映画を観たので、シネマシティで上映の予定はないけれど、ご紹介。

 マリアンヌ・フェイスフル主演『やわらかい手』。イギリス・フランス・ベルギー・ドイツ・ルクセンブルク合作映画。舞台はロンドン。とても評判になっているのでご存じの方も多いと思うが、これは噂に違わぬ秀作だった。
 だがあらすじだけ聞くと引いてしまうような物語だ。
 
 孫が難病で手術をしないと命は長くない。だがその手術はオーストラリアまで渡らなくては出来ず、それには多額の金が必要だ。そこでどうしようもなくおばあちゃんが、風俗店で働くというのだ。その風俗店というのが、壁に小さな穴があいていて、お客はそこに自分のモノを突っ込んで、隣の部屋にいる女性がそれを手で「マッサージ」する、というところ。

 いくらマリアンヌ・フェイスフルだとはいえ、これ壁の向こうの正体を知ったら男たちは萎えるだろう。この手の店に行くには、やはりそれ相当の覚悟が必要だとあらためて思わされた。…いや、そんなことはどうでもよい。

 おばあちゃん、最初は屈辱と羞恥の日々だったが、しかし、大変に優れた「やわらかい手」を持っていたので、評判はウナギのぼり、なんと長蛇の列が出来るようになる(笑)。さすがイギリス映画。しんみりジメっとするのではなく、ブラックジョークがきいてくる。

 イギリス映画は昨今、キワどい題材でコメディを作るのが抜群にうまいのはご存じの通りで、『フルモンティ』に始まって『カレンダー・ガールズ』、『キンキー・ブーツ』『あるスキャンダルの覚え書き』と傑作を連発。男性ストリップにヌードカレンダー、オカマのSMの女王様に、ショタコン女教師&レズビアン女教師、と眉をひそめたくなるような題材ばかりだが、実はたいていドラマは王道のものを展開していて「泣き笑い」という仕掛けなのだ。むしろエロスは皆無。

 だが、今作はちょっとこれまでのイギリス・コメディとはテイストが違う。笑えるのだけど、もっとブルージーなのだ。ドラマの骨組みは同じなのだが哀愁が染みるのである。純粋なメイド・イン・イングランドではなく、監督と脚本家がベルギー人というのが関係しているのかも知れない。
  エンタテイメントとしてパーッと弾ける場面を前掲の作品たちは用意してあったが、今作は非常に抑制された作りになっていて、じんわり胸にくる大人の映画になっている。

 難病の孫を救うためがんばるおばあちゃん、なんていうともすればお涙ちょうだいのベタベタな作品になってしまうところに、まさかの風俗嬢への転身、まさかの大成功、まさかの精神的成長、と驚きを入れて、しかもそれをただ面白おかしくやるのではなく、哀切と愛情をもってしっとりと仕上げるのだからまいってしまう。うまいなあ。
 
 マリアンヌ・フェイスフルの「背中で語る」芝居も見もの。前半の怯えたように暮らす地味な中年主婦から変貌して、後半からふっとのぞき始める「悪い女」のカッコよさに、マリアンヌを配した監督の、してやったりの表情が浮かぶようだ。

 渋谷はル・シネマにて上映中。ぜひ。

今週の顔

岡田斗司夫。「オタキング」の名で呼ばれる、作家、プロデューサーなど色々な顔を持つ才人。東京大学の非常勤講師も務めたこともある。特大ヒットしたダイエット本「いつまでもデブと思うなよ」の著者。50キロ以上の減量に成功して、まるで別人のようになってしまった、まさにリアル「カンナさん」。

ご意見、感想お待ちしております … seek@cinemacity.co.jp
 


◇メルマガ名  シネマシティメールマガジン『SEEK』
◇発行人サイト シネマシティ http://cinemacity.co.jp/
◇責任者名   シネマシティ株式会社 SEEK編集部 遠山
◇登録ページ   http://cinemacity.co.jp/magazine/
◇解除ページ   http://cinemacity.co.jp/magazine/
このHTMLメールを受信したり、読むだけでコンピュータウイルスに感染されることはありません。
HTML文と画像ファイルへのリンクのみをお届けしています。JavaScriptやActivexは使用していません。
メールマガジン配信システムの仕組み上、添付ファイルは配信できません。
このメールマガジンの 内容により損害を被った場合、一切の責任を負いかねます。
このメールマガジンの著作権は、シネマシティ株式会社に帰属します。一部を改変または省略し、無断で転載掲示するなどの一切を禁じます。